カテゴリ:◆阻止団の活動報告( 6 )

記念館開館一年抗議集会・デモの報告

2006年12月10日(日)に「昭和天皇記念館開館一年★さあ廃館へ!
立川集会・デモ」が行われました。
遅くなりましたが、その模様を簡単に報告します。

【情宣】
まず、北風が吹きすさぶ中、昭和記念公園前で抗議の情宣を始めました。
途中、公安刑事がいやらしい邪魔をしてきましたが、ビラの受け取りは上々でした。

【申し入れ】
続いて、国交省から委託を受けて記念館を管理・運営している「昭和聖徳
記念財団」の職員に対し、記念館の即時廃館を求める要望書を、花みどり
文化センター入口前で手渡しました。
(要望書は下に掲載してあります)

要望書を読み上げた後に質問を行いました。
まず、「記念館には『開戦の詔勅』が展示されているけど、あれも『御聖徳』
なんですか?」と、いきなり核心を突く質問が!
これに対して財団職員は一瞬凍り付いた後、「お答えできません」。
「なぜ?」とさらに聞くと、
「展示は国の指示に従っているから」とのこと。
ということは、展示の責任は国にあるのだろうか?
でも記念館の開館前、国交省は「展示は財団に任せてますから、私たちに
はわかりません」とひたすら繰り返してたんですけど・・・

【集会】
私たち廃館準備委から、記念館の現状に関する報告を行った後、
東京学芸大で博物館学を研究している君塚仁彦さんによる
講演「東京の戦争博物館と『聖徳』『聖蹟』空間の配置-戦争記憶
・天皇記憶の管理と再編成に関する試論-」が行われました。
(講演内容のダイジェスト版は、雑誌『前夜』に掲載されるとのことです)

いくつか面白かった内容を挙げておきます。
・都心および多摩には天皇制に関する史跡・博物館が、私たちが思って
いる以上に多い
・90年代以降、右派政治家の介入により、公立博物館の展示内容が
右傾化してきた
・近年の「規制緩和」によって、学芸員を置かなくても博物館を作れる
ようになっている
・そして、博物館法の上位法は教育基本法なので、この改悪は博物館法
に影響を与えるかもしれない
・今年、記念館は東京都の認可を受けて「博物館」になった。そうすると、
法律上は運営協議会のようなものを置く義務が出てくるはず。だから
記念館がそれを設置していない場合は追及した方がよい

集会後、記念館前を通るデモを行い、解散しました。
参加してくださったみなさん、どうもありがとうございました。

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「昭和天皇記念館」の即時閉館を求める要望書

「昭和天皇記念館」館長・長門保明 殿

 昨年11月27日に多くの反対の声を無視して「昭和天皇記念館」(以下、「記念館」)が開館してから一年が過ぎた。「記念館」には5万人以上が訪れたとされ、今年の10月6日には現天皇明仁と皇后美智子は一切の事前報道なしに参観した。またこの間、東京都は認可博物館として「記念館」を認可している。このように「記念館」の存在はなし崩しに既成事実化されようとしているが、私たちが訴えてきた「記念館」の問題性は何一つ変わってはいない。

 第一に、「記念館」の展示内容には大きな問題がある。「記念館」は裕仁を「緑を愛した」人物として讃えているが、「緑を愛した」裕仁が全国植樹祭を行うたびに多くの自然が破壊されてきたことをどう説明するのか。問題はそれだけではない。「記念館」は裕仁が「平和を愛した」とも述べている。だが、裕仁が旧日本軍の大元帥としてアジア・太平洋戦争開戦の詔勅を発したこと。その戦争で多くの人々が「天皇のために」殺し・殺される運命を強いられたこと。敗戦後裕仁が「天皇メッセージ」をアメリカ政府に送り、沖縄をはじめとする米軍駐留と引き替えに自分の身を守ろうとしたこと。そして最後まで戦争責任を取ることなく天皇の地位に留まり続けたこと。私たちはこれらの事実を決して忘れることはないし、だからこそ裕仁が「平和を愛した」などという展示を受け入れることはできない。また「記念館」には、裕仁が政教分離に反する宮中儀式で用いた装束なども展示されている。このような展示を許すことも、もちろんできない。

 第二に、「記念館」の建設プロセスにも大きな問題がある。「記念館」は国の土地の上に、税金を投じて建設された公共施設である。だからこそ建設にあたりあらゆる情報が公開され、住民の意見が反映されなければならなかったはずである。だが「記念館」に関する私たちの質問に対し、国交省や昭和聖徳記念財団が誠意をもって回答することはなかった。「記念館」の建設過程は最後まで不透明であり、挙げ句の果てに談合疑惑まで報道されたことは記憶に新しい。
 私たちは「昭和天皇記念館」建設阻止団を結成し、建設反対の請願・集会・デモなどを継続的に行い、また、「昭和天皇記念館いらない宣言」には519もの団体・個人から賛同が寄せられた。だが、このような多くの反対の声を無視して開館は強行された。

 「記念館」は、年間入場料だけでは施設の維持費も満たせない施設である。私たちは、内容も建設プロセスも問題だらけ、という本当にどうしようもない「記念館」を、今すぐ閉館することを求める。

2006年12月10日

昭和天皇記念館廃館準備委員会
〒190―0013 東京都立川市富士見町2-12-10-504
TEL/FAX 042-525-9036
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by sosidan | 2006-12-30 22:12 | ◆阻止団の活動報告

◆昭和天皇記念館開館式典抗議行動の報告

◆昭和天皇記念館開館式典抗議行動の報告

11月27日、昭和記念公園において「緑の文化ゾーン」開園式典が行われました。
そして、昭和天皇記念館は「緑の文化ゾーン」の一部として、同時に開館。
阻止団は公園事務所に対し、「『昭和天皇記念館』の開館強行に対する抗議と即
時閉鎖の要求」と題する申し入れを行いました(全文は下に掲載)。
公園事務所の職員は「忙しくて人がいない」という理由で出てこず、代わりに公園
緑地管理財団の職員が対応。
申し入れ書を読み上げ、シュプレヒコールを上げ、行動は終了。参加者は35名程
度でした。

その後引き続きデモに出発。憩いの場を出発し、「昭和天皇が平和主義者だなん
て、嘘っぱちだ」「ヒロヒトが緑を愛したからって、それがどうした」「談合疑惑の実態
を明らかにしろ」などのシュプレヒコールを上げ、公園事務所の前を通過し、無事終
了しました。
参加者は約80名でした。朝早くからの行動、みなさんお疲れ様でした!

今後も天皇記念館の内容をチェックしていく必要があります。
また、「敬宮愛子記念庭園」の建設計画は着々と進んでいるようですね。
いい加減にしてくれ・・・
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国土交通省関東地方整備局昭和記念公園事務所殿

「昭和天皇記念館」の開館強行に対する抗議と即時閉鎖の要求

 今から3年半前の2002年4月23日、国土交通省は「国営昭和記念公園における
昭和天皇を記念する展示施設の整備について」と題する報道発表において、「昭和天皇
記念館」(以下、「記念館」)の建設計画を公表した。
その1年後の2003年6月、この計画に反対する者が集まって「昭和天皇記念館」建
設阻止団を結成し、「記念館」の建設を阻止すべく、様々な活動を続けてきた。それにも
関わらず、本日このように「記念館」の開館が強行されることに対して私たちは怒りを新たにし、改めて抗議の意思を示す。

私たちはなぜ「記念館」の建設・開館に反対してきたのか

まず第1に、「記念館」の展示内容に問題があると考える。国交省は、「記念館」の展
示内容の説明として「緑を愛された昭和天皇」と述べている。そして情報公開によって
明らかになった「記念館」の企画展示は、 ①即位(昭和の幕開け)②平和(戦後の巡幸
)③穏やかな日々、とされ、「昭和天皇のご在位60有余年は未曾有の昭和激動の時代
であった。国民と悲しみも喜びもともにされたお姿は、今でも人々の心に残っている」
と説明されている。つまり、「記念館」の目的は展示を通じ、「緑と平和を愛した昭和
天皇の御聖徳を後生に語り継ぐ」ことにある。だが私たちは国のこのような主張は全く
のデタラメであると考える。
まず「緑」に関しては、戦後の全国植樹祭では、昭和天皇裕仁がたった一本の木を「お
手植え」する植樹会場建設のために多くの野山や森が切り払われた。これを自然破壊と
言わずして何というのか。
次に「平和」について言えば、そもそも裕仁は大日本帝国のアジア太平洋地域に対する
植民地支配侵略戦争の最高責任者だった。太平洋戦争開戦の詔勅を発し、旧日本軍を率
いたのも裕仁である。さらに、「もう少し戦果を上げてから」という理由で降伏を遅ら
せて悲惨な沖縄戦、そして広島・長崎への原爆投下を招くことにもなった。そして戦後
は戦争責任を一切取ることなく天皇の座に留まり続けて死んでいったのである。それだ
けではなく、近年の歴史研究では、裕仁自らが日本とりわけ沖縄に米軍が駐留し続ける
ことを希望する内容の、いわゆる「天皇メッセージ」をアメリカ政府に送ったことが判
明している。裕仁は自己保身のために沖縄をはじめとする全国各地の人々の平和な暮ら
しを売り渡し、その結果、現在に至るまで悲惨な事態を招き続けているのである。これ
でどうして裕仁が「平和を愛した」などと言えるのだろうか。

 第2に、「記念館」の計画決定プロセスも全く不明瞭である。なぜ「記念館」の展示
内容がこのようなものとなったのか、なぜ昭和聖徳記念財団が展示を独占的に委託され
るに至ったのか、国交省や財団からは納得のいく説明はとうとう最後まで行われなかっ
た。公園事務所は、私たちとの交渉に当初は不十分ながらも応じていたが、2004年
5月の第4回の交渉を最後に、一切交渉に応じなくなった。国家機関は私たちに対して
説明責任を負っているにも関わらずそれを怠り、また私たちからの情報公開請求に対し
ては、最も重要な展示内容の部分を合理的な理由なく墨で塗りつぶしてこれに応じた。
歴史教科書の記述や小泉首相の靖国神社参拝がアジア諸国との深刻な外交問題に発展し
ているのを見ればわかるように、国家の歴史認識は極めて慎重になされるべき事柄であ
る。なぜ首相の靖国参拝が問題になるのかと言えば、首相は私たちが選んだ国会議員に
よって選出され、税金によって活動するがゆえに、国家機関としての首相の行為は私た
ちの行為と見なされてしまうためである。だからこそ「記念館」のような歴史博物館の
建設に際しては、最新の研究を踏まえた専門家の意見、徹底的な情報公開、そして公共
の場での広範な議論が最低限必要である。だが国交省はこれらのいずれの義務も果たす
ことはなかった。
 また、「記念館」の展示を独占的に担当する昭和聖徳記念財団は「昭和天皇は国民と
苦楽を共にされながら、国民の幸せを願われ日夜お心を砕かれたのでありますが、特に
終戦のご聖断によってわが国は辛うじて破局を免れることができたのであります。・・
・昭和天皇のもとで「昭和」の時代を生きてきた私たちが、様々な形や方法でご聖徳を
永く後世に伝え継いでいくことは誠に意味深いことであり、またそれは私たちに課せら
れた責務である」と述べている。なぜ天皇を賛美するこのような財団が、国から展示を
委託されたのか全く理解できない。財団に展示が委託されることが初めから決まってい
たとしか思えない。もしそうならば、税金を私的な思想の実現のために横領するのと同
じではないか。
 そして今年に入り、「記念館」に関連する工事に関して談合疑惑まで報道されている
。これもまた「記念館」建設が秘密裏に進められていることの証左であろう。「昭和天
皇に対して『不敬』ではないか!」と右翼が怒らないのが不思議である。

私たちはこれからも「記念館」に反対し続ける

 砂川闘争が行われ、米軍撤退後も自衛隊が居座る立川にこのような施設が建設される
ことは、基地の被害に苦しむ住民に対する侮辱であり、「記念館」が現在の日本の軍事
大国化と密接に関わっていることをあからさまに示している。今から約20年前の19
83年、裕仁も来園した昭和記念公園の開園式典の際には立川市職労なども加わって全
市で大規模な反対闘争が展開され、これに対し警察は暴力的に規制を加えた。それから
年月が経ち、公園にはこのような経緯を知ることなく子供から老人まで多くの人が訪れ
ている。「記念館」が開館すれば周辺の学校の児童生徒が校外学習などの名目で動員さ
れ、強制的に財団の歴史認識にさらされるだろう。今必要なのは、裕仁そして日本が行
った侵略戦争の責任を明らかにし、天皇制の問題点を正確に描く博物館であって、「緑
と平和を愛した昭和天皇の御聖徳を」記念する施設では断じてない。「記念館」に反対
する署名、そして「昭和天皇記念館いらない宣言」を募ったところ、全国や海外からも
多数の賛同が寄せられた。それだけ多くの人が「記念館」の問題性を感じ取っているの
である。私たちはこれらを提出して「記念館」の建設中止を求めたが、国交省はこれに
応えなかった。だが開館が強行されたとしても、私たちは今後も「記念館」に対して反
対の声を上げ続けていく。

以下、申し入れる。

1、国土交通省は本日9時半より予定されている「昭和天皇記念館」開館式典を中止せよ。
2、国土交通省は「昭和天皇記念館」を即時に閉鎖せよ。
以上。

2005年11月27日
「昭和天皇記念館」建設阻止団
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by sosidan | 2005-12-01 17:31 | ◆阻止団の活動報告

◆10・10集会の報告&写真。

 
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10月10日、立川いこいの場において、「やめよう天皇制!い
らない昭和天皇記念館!立川秋の大企画」が行われた。あいに
くの雨となったが、100名を越す参加があり、歌やパフォーマ
ンスを楽しんだ。
 デモには50名が参加。記念館現地へと向かった。
 写真は上から、
・浜松から参加の「NO!NO!BAND」
・鵜飼哲さんと加藤克子さんの青空対談
・森美音子×リュウセイオー龍によるパフォーマンス
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by sosidan | 2005-10-23 00:33 | ◆阻止団の活動報告

◆「昭和天皇記念館開館式典」への市長の関与の中止を求める請願

◆「『昭和天皇記念館開館式典事業』への市長の関与の中止を求め
る請願」@立川市議会総務委員会

9月28日(水)に「『昭和天皇記念館開館式典事業』への市長
の関与の中止を求める請願」が、立川市議会に提出されました。
 まず請願者である阻止団メンバーが総務委員会で趣旨説明を行い
ました。

 その要旨は、
・記念館の展示は昭和天皇の生涯を描くといいつつ、即位から終戦
の間の展示がすっぽり抜けている。この間、昭和天皇は大元帥、つ
まり旧日本軍の最高責任者の地位にあり、「天皇陛下のために」多
くの人々が殺し殺されていった。天皇の戦争責任問題を描かな
いのは、歴史教育施設として非常に問題がある。少なくとも、立川
市民の中には天皇の戦争責任問題に関して多様な意見がある。
 また、記念館の展示決定過程では有識者などを集めた公開の審議
は一切行われていない。歴史認識のような重要な問題は、開かれた
場で検討すべきことである。
 私たちは、このような市民の中に賛否両論ある施設の開館記念式
典に立川市長が出席することは望ましくないと考える。

という感じです。

 趣旨説明の後、議員による質問が行われました。

◇自民党
 他の施設では有識者による公開の審議会は行われているのか?
◆請願者
 千葉県佐倉市の国立歴史民族博物館や、千代田区の昭和館など
では展示内容が慎重に議論されて決定されたと聞いている。

◇五十嵐議員(市民の党)
 天皇に戦争責任が全くなかったとは言えないのではないか?
◆立川市長
 記念館の式典連絡協議会には一度出席した。私が子供の頃は、天
皇は「現人神」で、戦後になって「人間宣言」が行われた。戦前、
天皇は絶対的だった。天皇が道を通る時は最敬礼をさせられた。天
皇の戦争責任問題は難しい問題であり、この場で話すべきことでは
ない。

◇五十嵐議員
 記念館に対して市民の中に実際に賛否があるのか?
◆大沢豊議員(請願の紹介議員)
 そもそも(昭和天皇の即位50周年を記念する)昭和記念公園の
開園時には大きな反対運動が行われ、立川市職労も政治ストを行っ
ている。天皇の名の下に戦争で家族を失った人は多く、このような
施設の開館式典に市長が出席すべきではない。

◇五十嵐議員
 式典連絡協議会では展示内容は伝えられているのか?
◆立川市長
 展示内容は聞いていない。
◆助役
 展示内容は一切聞いていない。展示を担当するのは(昭和聖徳記
念)財団であり、財団にああしろこうしろとは言えない。

◇五十嵐議員
 市民の中に賛否があるようだが、これは市の姿勢に反映されてい
るのか?
◆立川市長
 賛否両論あることは十分承知している。公園の誘致は大事であり、
市としては公園の誘致に成功して良かったと思う。
◆助役
 これは内心の自由の問題に関わるが、市民の意見のアンケート調
査などは行っていない。内心に踏み込むわけにはいかないし、一方
の意見を断罪するようなことも行うわけにはいかない。我々は公務
員として中立の姿勢をとる。

◇五十嵐議員
 請願者のいう「中立」は、市が式典に出席しないことであるが、
市側の言う「中立」とずれているのではないか?
◆助役
 「中立」とは関与しない、関わらないことである。これは内心・
言論の自由に関わる問題である。記念館の開館前・開館後に市民が
意見を言うことは自由であるべきだ。だが展示内容が分かっていな
い時点で市があれこれ言うことは適当ではない。請願者の意見もそ
れ以外の人の意見も最大限尊重する。

***
続いて討論に入りました。
<五十嵐議員(市民の党)>
 記念館の展示内容は市民に公開の場で議論されるべきことだ。
昭和天皇にはたいぶ戦争責任があったと思う。
市は本当の「中立」に立つべきだ。
この請願に賛成する。

<自民党>
 昭和記念公園は緑のための公園であり、記念館は「天皇が緑を愛
したこと」が展示の中心である。
したがって市長が式典連絡協議会のメンバーとして参加することは
何ら問題ない。
この請願には反対である。

***
そして採決に入りましたが、反対多数で否決されました。
(民主党系の市議は最初から欠席、共産党の市議は採択時に退席)

***
感想としては、思ったより議論が行われたという感じです。

ただしこれで終わりではなく、今度は10月6日には本会議で採決
が行われます。
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by sosidan | 2005-09-29 00:48 | ◆阻止団の活動報告

◆8・15事件に対する抗議声明

8月15日に靖国神社周辺で行われた抗議行動の参加者4名が逮捕・勾留された事件に対し
て、昭和天皇記念館建設阻止団が出した抗議声明です。
なお、4名は8月26日に釈放されました。
救援会のHPは http://antifa815.podzone.org/

*************

声明:靖国「正常化」攻撃の暴力に抗議する

 8月15日、靖国神社周辺で4名の仲間達が逮捕された。彼らは、戦死者を「英霊」として再配
置するための<靖国の静謐>である正午黙祷を粉砕するための行動で逮捕された。
 彼らを捕らえた暴力は靖国「正常化」攻撃の暴力だ。<靖国の静謐>による戦死者の再配置
―再生産の追悼システムを防衛する事が靖国にとっての「正常化」なのだ。
 靖国の、千鳥ヶ淵の、戦没者追悼式の静謐は、今再び戦死者を待ち受けている。死者の政
治/歴史からの切断と再接合は、静謐を媒介にして行われる。
 だから私たちは、沈黙が敵になりうることを再確認するべきだ。静謐を害するということが政治
的道義である局面の存在を認めるべきだ。混乱と怒号こそが戦争反対者にとっての希望の道
だ。
 靖国「正常化」攻撃を許さず、団結を固めて、反撃を。

8月19日
昭和天皇記念館建設阻止団
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by sosidan | 2005-09-05 13:51 | ◆阻止団の活動報告

立川市と昭島市への申し入れ

◆6/16 立川市に開館式典非協力を求める申入れ

 6月16日、阻止団のメンバー2名で、立川市に対し今年秋に予
定されている昭和天皇記念館開館式典への非協力を求める申入
れにいってきました。既に式典の準備会は動き出しており、国
交省を中心に、昭和聖徳記念財団、東京都などとならんで地元
自治体から立川市長・昭島市長が参加しています。
 申入れに対応してくれたのは、米軍基地跡地全体を管轄する
企画調査課の方。こちらの要請事項としては、①開館式典連絡
協議会から脱退して欲しい②市長は式典に行かないで欲しい。
生徒・児童の動員は絶対にやめて欲しい③基地被害を受けてき
た町にふさわしい反戦教育を、という三点です。市側は「天皇
制および昭和天皇に対する様々な意見が市民の中にあることは
十分承知している」としつつも、「政治家、行政の長としての
市長の判断を尊重する」として開館式典への関与継続を明言し
ました。興味深かったのは天皇記念館が昭和天皇賛美の観点か
らのみ展示を行っていることについて、「教育というのは複面
的。展示内容を通じて、逆に関心をもって学ぶこともあるので
はないか」と市側が言っていたことです。それはそのとおりだ
と思うのですが、だったら「裕仁の評価もせめて様々な研究成
果を載せるべきだ」と言っておきました。
 帰り際に再度、「地域住民や生徒の動員はくれぐれも行わな
いように」と釘をさしておきました。


◆6/27 昭島市にも申入れ

 27日はやはり地元自治体として式典に参加する昭島市にも申
入れを行いました。こちらの趣旨は殆んど変わりませんでした
が、昭島市の方が天皇記念館ならびに昭和記念公園の経済効果
に対する期待が大きく、記念館の内容そのものというよりぶっ
ちゃけ「人が来てくれて昭島が有名になればそれでいい」みた
いな感じでした。
 開館が近づいたら「いらない宣言」をもって市長にも会いに
行きたいと思います。
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by sosidan | 2005-06-29 16:00 | ◆阻止団の活動報告